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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)318号 判決

原告

新崎道子(X)

右訴訟代理人弁護士

伊神喜弘

被告

名古屋市(Y)

右代表者市長

西尾武喜

右訴訟代理人弁護士

鈴木匡

大場民男

右訴訟復代理人弁護士

鈴木雅雄

深井靖博

中村貴之

右大場民男訴訟復代理人弁護士

堀口久

理由

一  請求原因1の事実(原告が名古屋市立小学校に教諭として勤務していた事実)、同2の事実(本件要綱の内容)及び同3(一)の事実(本件一連の職務行為がされた事実)は当事者間に争いがない。そこで、以下、本件一連の職務行為により実施された本件各訪問指導が原告に対する関係で国賠法上違法といえるかどうかについて判断する。

二  まず、原告は、教師には自ら自主的、自発的、主体的にのみ研修を行うことができるという研修権が認められているというべきであるところ、本件各訪問指導は、これを受ける教師の個別的同意ないし職員会での審議を経ることなく、学校長の要請のみで実施された点で原告の教師としての研修権を侵害したもので違法である旨主張する。

ところで、児童・生徒に対する公教育の担い手である教育公務員には、その職務の性質に鑑み、絶えず研究と人格の修養に努めることが求められるべきであり、この意味において、教育公務員については、一般の公務員に比べて、研修の必要性が高いといえる。このことは、地公法三九条が、職員の「勤務能率の発揮及び増進のために、研修を受ける機会が与えられなければならない」としていることに加えて、教育公務員特例法及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律に特例規定を設けることにより、研修の重要性を謳っていることからも明らかである。すなわち、教育公務員特例法一九条一項は、教育公務員は研修を行わずしてその職責を遂行することはできないとの見地から、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。」と規定し、一般の公務員とは異なり、教育公務員については、特に研修義務を直接課しているのである。他方、同条二項は、任命権者に対し、教育公務員の研修に要する施設、研修を奨励するための方途(例えば、公開研究会、研究発表会、授業参観、各種講習会・研究会の開催や出席勧誘等)等、広く研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない旨規定し、教育公務員の研修義務の達成を援助し、これを容易ならしめるために、また自主的、自発的に研修に取り組ませるために、研修の実施に関する諸条件の整備を義務づけている。更に、教育公務員の研修義務に対応して、同法二〇条一項は、教育公務員には研修を受ける機会が与えられなければならない旨規定し、教育公務員が自ら積極的に研修を行おうとする場合にできる限りの便宜が図られるべきであることを謳っている。そして、この研修機会付与の一般原則を受けて、同条二項は、教育公務員のうち特に教員については授業に支障のない限り、本属長の承認を得た上で、勤務場所を離れて研修することができる旨、いわゆる職専免研修について、同条三項は、長期研修についてそれぞれ規定している。

一方、地公法三九条は、一項で、「職員には、その勤務能率の発揮及び増進のために、研修を受ける機会が与えられなければならない。」、二項で、「前項の研修は、任命権者が行うものとする。」と規定しており、右規定は教育を通じて国民に奉仕する形での公務員である教育公務員にも当然適用があるのであって、教育公務員の研修について前記のような特例措置が設けられているからといって、一般の公務員についての研修に関する地公法の右規定の適用が除外されるというものではない。

右のような教育公務員の研修についての法律の各種規定によれば、一方では、教師にも一般の公務員についての研修に関する規定の適用が予定されている反面、他方では、教師にはその自主的、自発的、主体的な研修が期待され、そのための機会ができるだけ付与されるよう配慮されていることが明らかであるが、後者の配慮は、公教育に当たる教師の職務遂行上、一般公務員とは異なり、教師には絶えず自発的な研修に努めることが期待され、しかも、教師個人の自主的、能動的な研修への取組の姿勢があって初めてその効果も上がることが期待できるからこそであり、そうであればこそ、教師には研修義務までが課されているというべきである。したがって、教師の自主的、自発的、主体的な研修が法律上も期待されているということから直ちに、任命権者が主体となって教師を対象にして研修を行うことはできず、教師はその研修を教師自らが自主的、自発的、主体的にのみ行うことができるという意味での研修権なるものが教師に保障されていると解することは到底できない。

そうであるとすれば、本件各訪問指導がこれを受ける教師の個別的同意ないし職員会での審議を経ることなく学校長の要請のみで実施された点で違法である旨の原告の主張は採用できないというべきである。

三  ところで、教師にはいわゆる研修権なるものは認められず、したがって、地公法三九条一項に基づき、任命権者が主体となって教師を対象にして研修を行うことが許されるものであることは右に述べたとおりであるが、そのことは当該研修への教師の自発的、能動的な参加意思というものを考慮しなくてよいことを意味するものでは決してない。教師が授業の内容や方法等について創意工夫をし、その裁量を生かすことにより自己の教育信念を実現していくことは一定の限度でこれを認めるべきで、これなくしては自由にして闊達な教育を期待できないことに鑑みるとき、その教育活動の前提としての研修への自発的、能動的な参加とその取組みの姿勢こそ望ましく、そうであってこそ、研修の効果も期待できるものであることはいうまでもないところである。したがって、任命権者が教師を対象として実施する研修の内容、実施方法については、必ずしも当該任命権者の完全な自由裁量に委ねられているとみるべきではなく、教師の教育活動の実践に有意義に生かされ、普通教育の目的が達成されるようこれを実施されなければならないものである。言い換えれば、任命権者による研修の実施といえども、これが普通教育の目的に反し、徒に各教師による自発的教育活動の実践を阻害するなど右自由裁量の範囲を逸脱する場合は、違法との評価を免れないのであって、その限りにおいて原告主張の教師の自主的・自発的研修に関する法的利益を肯認することができるというべきである。

そこで、右の見地から、市教委による研修の一種として実施された本件各訪問指導につき、それが原告に対する関係で右裁量の範囲を逸脱するなどして国賠法上違法であるといえるか否かについて検討する。

四  〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  指導員制度について

(一)  市教委は、昭和四五年四月一日本件要綱を定め、更に、昭和五〇年四月一日にはこれを一部改定したが、この一部改定後の本件要綱によれば、市教委は、名古屋市立小学校、中学校及び幼稚園の教諭で適格な者をその任期一年の指導員として委嘱し、この指導員に、名古屋市立の小中学校、幼稚園を訪問し、音楽、体育・保健体育・保健、家庭・技術家庭、図画工作・美術、特殊教育、交通安全、視聴覚及び理科の各教科領域に関し指導及び助言を行わせることになっていた。

(二)  右の指導員制度は、指導員が学校を訪問し指導・助言をすること(指導員訪問指導)を通じて、右に掲げた特定の教科領域について、〈1〉専門性の高い科目についての実技を中心とした指導・助言、〈2〉各種の事故を防止する見地から、教材、教具の安全な扱い方についての指導・助言、〈3〉コンピュータその他の現代的な教材、教具の操作方法等の習得のための指導・助言をそれぞれ行って教師の資質を高め、もって生徒の学習効果を上げることを目的としていた。

2  指導員訪問指導の実施状況

(一)  指導員訪問指導は、市教委が主体となり、各学校で勤務する教師を対象として、その教師が現にその職務を遂行中の職場である学校現場において実施される一種の研修であると位置づけられているが、昭和四五年に本件要綱が定められて以降、名古屋市立の小中学校で相当の頻度で実施され、指導員訪問指導の実施された校数は延べにして平成元年度が八四三校、平成二年度が七六八校、平成三年度が七五九校に上り、これは名古屋市立の全小中学校で平均して年約二回にわたって実施された計算になる。

その後、平成四年度以降は、指導員数が減少し、特に、「特殊教育」及び「幼稚園教育」の各教科領域では指導員が委嘱されず、その他の科目についても軒並み一人ないし三人減少となり、その関係で、同年度中に指導員訪問指導が実施された校数は延べにして四八六校に減少した。これは指導員自身及び指導員の勤務校の負担を配慮したこと、教師に対する研修体系全体の見直しにより、従前指導員訪問指導によっていた教科領域のうち特定の科目については研修センターでの研修に委ねるのが相当であると判断されたこと、教科領域によっては指導員訪問指導を受けなくても校内の人員のみで行う職場研修で賄うことができると判断されたものがあること等の理由によるものであった。

なお、平成五年度は、「理科」の教科領域では前年度よりも指導員が一名増加している。

(二)  指導員訪問指導は、平成二年度までは、学校からの要請を受けこれに応じて実施する場合(この場合を、以下「要請訪問」という。)以外に、学校からの要請がなくても、当該学校における過去の実施状況等に鑑み市教委自らの判断でこれを実施する場合(この場合を、以下「計画訪問」という。)もあったが、平成二年度当時には計画訪問の実施割合はかなり減少し、平成三年度以降は要請訪問だけが実施され、計画訪問は一切されないようになった。

3  玉川小学校における指導員訪問指導の実施状況

(一)  平成二年度までの実施状況

玉川小学校では、毎年度当初に定められる学校経営の年度計画の一つとして「現職教育計画」が定められていたが、その内容は、毎年、〈1〉努力点研究、〈2〉授業研究、〈3〉グループ研修、〈4〉実技研修、〈5〉新採用者研修、〈6〉要請訪問研修及び〈7〉その他の研修から成り、〈1〉及び〈3〉は、当該年度における学校教育努力点の設定とその推進・達成を目指した研究活動、〈2〉、〈4〉ないし〈6〉は、教職員としての資質の向上毎指導技術の習得・習熟を図るための実践活動、〈7〉は、教育活動を高め、より効果を上げるため、広く見聞したり、研修したりして経験を豊かにし教養を高めること等を図っての校外研究会参加者の報告等が計画されており、全体として、同校に勤務する教師がその職場で職務を遂行する過程で実践しようとする自主的、自発的ないわゆる職場内研修というべきものであった。

玉川小学校においては、平成二年度までは毎年度指導員訪問指導が実施されていたが、これは、右にみたように、いわゆる職場内研修というべき「現職教育」の一環(右〈6〉の要請訪問研修)として毎年首尾一貫して採用されていた。そして、これは、全学年の教諭が要請訪問を前期、後期各一回ずつ受けるものとして計画され、その計画自体は予め校長を初め教頭、教務主任らで決められるが、その教科領域の決定に当たっては、教務主任において各教師の意見を聴取の上で教務主任と現職教育係の教諭らが話し合って決め、そうやって決められた教科領域について誰が訪問指導を受けるかについては、各学年担当の教諭らが話し合いそのうちの一名が訪問指導を受けることになっていた。

なおその間、原告は、ほぼ毎年指導員訪問指導を受けていたが、平成元年度末頃には、後記4(三)のとおり、指導員訪問指導について異論を唱えるなどしていたが、原告のその意見に同調する者が同小学校内にいた事実は本件全証拠によるも窺えない。

(二)  平成三年度以降の実施状況

平成三年度は、指導員訪問指導の要請がされたものの、受諾されなかったため、その実施はなかった。平成四年度からは、訪問指導を希望する教諭がどのような教科領域についていつ希望するかを予め教務主任に表明し、この希望を踏まえて教科領域、訪問指導を受ける教諭及び訪問指導の希望日を定め、これを市教委に提出する扱いになった。

そして、右の扱いがされるようになって以降は、毎年度教諭らから特定の教科領域について指導員の訪問指導が希望され、それを踏まえて校長から訪問指導の要請がされたが、その受諾はなく、平成三年度以降四年間指導員訪問指導が実施されていない。

4  本件前期訪問指導について

(一)  市教委では、指導員担当の指導主事が平成元年度末に指導員訪問要請希望表作成要項を作成準備し指導室長の決裁を経てこれを作成するとともに、平成二年四月一日付けで、各教科領域について指導員を委嘱したが、その中には「体育・保健体育」についての青山指導員及び「視聴覚教育」についての中島指導員が含まれていた。

(二)  平成元年三月頃、中川区担当の宮嶋指導主事は、中川区内の小中学校校長等が集まった校長会の席上で、右の指導員訪問要請希望表作成要項に指導員学校訪問要請希望表を添付して各学校長に配布した。これを受けて、桑原校長は、前年度までと同様平成二年度においても、玉川小学校の教育の向上を期待する見地から、同小学校の教員の前記「現職教育」の一環として指導員訪問指導を要請することにし、その旨渡辺教務主任に伝えていた。

(三)  玉川小学校では、同年四月五日に開かれた平成二年度の最初の職員会において、同年度における学校経営の年度計画についての打合せ等が行われ、その席上で、予め作成された「学校経営案」に基づき「現職教育」の位置づけとその内容についても打合せが行われたが、その際、渡辺教務主任は、出席していた教員らに対し、平成二年度においても指導員の訪問指導を要請することを前提に、教科領域等の希望があれば申し出るように求めた。

原告は、かねてより玉川小学校で毎年度二回にわたって指導員訪問指導を要請し、学年担当のうち最低一人の教師が指導員の訪問指導を受けるということを行っており、原告も必ず年一回はこれを受けていたこともあって、指導員訪問指導について強制されているとの思いから不満が募り、平成元年度末の同小学校の反省会の席上でもその旨の意見を表明していたが、右の平成二年度の最初の職員会の席上でも、指導員関係費の支出の問題について質問を提起したことがあった。

(四)  その後、指導員訪問指導を要請する教科領域等についての希望の申し出はなかったため、同小学校における同年度の現職教育係を構成する渡辺教務主任、榊原教諭及び佐久間教諭が集まって相談した結果、指導員訪問指導を要請する教科領域を前期は「体育」、後期は「視聴覚」とすることにした。「体育」を取り上げたのは、同小学校が以前から児童の「体力づくり」を目指しそのための研究もしていたもののその効果が薄らいでいると判断し、特に、「固定施設を活用した運動方法」をテーマにした指導員の指導を受けて授業に生かす必要があると考えたためであり、また、「視聴覚」を取り上げたのは、同年度において、同小学校ではコンピュータを導入することが決定していたため、その操作に教職員が慣れ親しむきっかけにするとの考えからであった。

(五)  そこで、渡辺教務主任は、「平成2年度指導員学校訪問要請希望表 前期分」(〔証拠略〕)に「体育」を希望すること、その希望日、同年度後期は「視聴覚」について要請する予定であること等を記載して、桑原校長の決裁を受けた上、同年四月一一日頃、これを加藤指導主事に提出し、他方、同月一四日、同小学校の朝の打合せにおいて、指導員訪問指導を要請する教科領域を右の二科目に決めたことを報告した。その際、原告は、渡辺教務主任に対し、「それはいつ、誰が、どういう理由で決めたのか。」と質問したため、渡辺教務主任がこれに答えるというやり取りがされたことがあった。

(六)  玉川小学校を初め各小中学校等から指導員学校訪問要請希望表の提出を受けた後、平成二年度当時の指導員担当の指導主事であった山田久美子は、指導員訪問指導の過去の実績等を考慮しながち、指導員訪問計画表(〔証拠略〕)を立案・作成して指導室長である磯部蔦男の決裁を受け、磯部指導室長は、これに基づき、玉川小学校の桑原校長宛に同年四月二五日付け文書で「体育」について同年六月一八日に指導員訪問指導を実施する旨通知した。

これを受け、同小学校では、同年五月一〇日の職員会で右通知内容が報告された。

(七)  更に、桑原校長は、磯部指導室長から、同年五月二六日付け文書で、右指導員訪問指導に赴く指導員が青山指導員である旨の連絡を受けたため、同年六月二日の同小学校における帰りの打合せの際、渡辺教務主任をして、全教職員に対し、次のようなことを連絡させた。すなわち、渡辺教務主任は、同月一八日(月曜日)に青山指導員が訪問すること、その訪問指導の日程として、同日の二時限に低学年(一学年及び二学年)の、三時限に中学年(三学年及び四学年)の、四時限に高学年(五学年及び六学年)の各授業を実施し、五時限には授業者に対する指導を実施する予定であることを伝えた上、訪問指導を受ける授業者を各学年で一名選ぶこと、授業者となった教員は、同月九日までに訪問指導を受ける際の授業の概要を記した「学習指導案」を作成提出すること、訪問指導の際の授業を運動場で実施する予定であれば雨天の場合も考慮して「学習指導案」を作成するよう依頼した。

(八)  玉川小学校は各学年がいずれも二学級で構成され、二学年についてはその学年主任兼学級担任が原告で、もう一人の学級担任が産休・育児補助講師として赴任したばかりの小野田幸子教諭であったが、渡辺教務主任からの右依頼を受けて、小野田教諭は、原告に対し、「私は視聴覚は絶対嫌なのでやらない。どれか一つどうしてもというのなら体育の方だったらやってもいい。」と申し出た。原告は、指導員訪問指導を要請すること自体に納得がいかなかったが、小野田教諭の右申し出を受け、同教諭が三か月毎に採用される非常勤講師の地位にあるに過ぎない反面、原告自身は二学年の学年主任であるというその立場から、結局、平成二年度については原告が指導員の訪問指導を受ける授業者になることを渋々引き受け、同年六月上旬頃、同月一八日の二時限に行う授業につき「学習指導案」(〔証拠略〕)を作成し、これに「納得いかないが出せと言われたので出す」と記載されたメモ書きを添付して渡辺教務主任に提出した。

(九)  同月一一日には、各学年の合計六名の授業者から渡辺教務主任に「指導案」が提出され、渡辺教務主任は、これをまとめて青山指導員に送付した。

(一〇)  六月一八日、原告は、予め予定されていた二時限ではなく、一時限に体育の授業を行い、これを渡辺教務主任に案内された青山指導員が参観した。その後他の学年の授業参観が行われた後、五時限には、原告は、青山指導員から個別指導と助言を受けたが、その際、青山指導員に対し、当日の授業内容とは直接関係のない、原告がかねてより問題視していた児童に対する「スポーツテスト」に関する事項及び指導員の資格に関する事項について質問をするなどした。その後六時限には、体育館において、青山指導員により授業者全員に対する実技指導がされた。

5  本件後期訪問指導

(一)  桑原校長は、同年七月頃、中川区内の小中学校校長が集まった校長会の席上で、加藤指導主事から、同年度後期分の指導員訪問要請希望表作成要項とこれに添付された指導員学校訪問要請希望表を配布された。その後、同校長の指示に従い、渡辺教務主任は、「平成2年度指導員学校訪問要請希望表後期分」(〔証拠略〕)に「視聴覚」を希望すること、その希望日等を記載して、桑原校長の決裁を受けた上、平成二年七月一六日頃、これを加藤指導主事に提出した。右要請を受けて、磯部指導室長は、桑原校長宛に、同年九月一日付け文書で「視聴覚」について平成三年二月四日に指導員訪問指導を実施する旨通知し、更に、同年一月一四日付け文書で、右指導員訪問指導に赴く指導員が中島指導員である旨通知した。そこで、桑原校長は、同年一月の職員会の際、渡辺教務主任をして、全教職員に対し、次のようなことを連絡させた。すなわち、渡辺教務主任は、同年二月四日(月曜日)に中島指導員が訪問すること、その訪問指導の日程として、同日の二時限に低学年(一学年及び二学年)の、三時限に中学年(三学年及び四学年)の、四時限に高学年(五学年及び六学年)の各授業を実施し、五時限には授業者に対する指導を実施する予定であることを伝えた上、訪問指導を受ける授業者を各学年で一名選ぶこと、授業者となった教員は、同年一月二八日までに訪問指導を受ける際の授業の概要を記した「学習指導案」を作成提出することを依頼した。

その際、原告は、渡辺教務主任に対し、「指導員訪問は誰がどういう意向で要請したのか。」と質問したため、これに渡辺教務主任が答えるというやり取りがされたことがあった。

(二)  その後、原告は、職員室において、渡辺教務主任に対し、指導員の要請訪問について抗議し、二学年については授業者は出さない旨大声で述べた。そこで、渡辺教務主任は、いったん原告と同じ二学年を担当する小野田教諭に対し、原告に代わって授業者となるよう依頼したが、小野田教諭は、原告に対し予め前期の段階で視聴覚の授業だけは希望しない旨申し出ていたとしてこれを断った。そのため、再度渡辺教務主任と原告とで話合いがされた結果、原告が当初の予定どおりこれを渋々引き受けることになった。そして、原告は、平成三年二月四日の二時限に行う授業につき「学習指導案」(〔証拠略〕)を作成し、同年一月二八日、これを渡辺教務主任に提出した。

(三)  同年一月二八日には、原告を含め各学年の合計六名の授業者から渡辺教務主任に「学習指導案」が提出され、渡辺教務主任は、これをまとめて中島指導員に送付した。

(四)  同年二月四日、原告は、予め予定されていた二時限に予め用意した「学習指導案」に従い、ビデオを利用した社会科の授業を行い、これを渡辺教務主任に案内された中島指導員が参観した。その後他の学年の授業参観が行われた後、五時限には、原告は、中島指導員から個別指導と助言を受けた。その後六時限には、視聴覚室において、中島指導員により授業者全員に対するコンピュータの操作を中心とした実技指導がされたが、その際、原告は、中島指導員に対し、コンピュータの操作自体ではなく、コンピュータ教育に関する事項について質問をしたことがあった。

五  そこで、以上の認定事実に照らし、一連の職務行為としてされた本件各訪問指導について、それが原告に対する関係で国賠法上違法であるといえるか否かについて判断する。

まず、教師の職務の性質上研修の必要性が高く、特に職場内における実践的な教育技能の研修が重要であることはいうまでもないところ、前記四の1の各事実によれば、指導員訪問指導は、不断にその内容が進歩するような専門的な教科領域や先進的な実技能力に関する特定の教科領域について名古屋市全体から指導者適格を有する教諭に指導員を委嘱し、その指導員による訪問指導という形でこれを受ける教師の現に勤務する職場で研修を実施するものであり、しかも、そのような教科領域については適切な指導者が各職場である校内では必ずしも得られ難いであろうことを考慮すると、その制度の目的は極めて相当なものであるというべきである。

そして、前記四で認定した事実によれば、現に指導員訪問指導は制度発足後今日まで毎年度相当の頻度で実施されていること、原告が本件各訪問指導当時勤務していた玉川小学校では、指導員訪問指導を校内の自発的な職場内研修と評すべき「現職教育」の一環として毎年度要請しており、市教委がその全面的なイニシアチブによる計画研修として実施していたわけではないこと、本件各訪問指導も、いずれも玉川小学校の桑原校長からの要請に応えて実施されたものであり、市教委がこれを押しつけるなどして実施させた事実はないこと、玉川小学校では、原告が平成元年度以降指導員訪問指導について異論を唱え始めていたものの、これに同僚教師多数が同調したというような形跡は窺えないこと、毎年度における指導員訪問指導の要請に当たり原告ら教師の意見が全く聴取されないということはなく、本件各訪問指導に当たっても、教科領域等の希望やこれを受ける教師の選定については各教師の意見が聴取されていること、本件各訪問指導を要請するに当たって選定された教科領域についても、その選定にはそれ相当の理由があったことが窺われること、原告が本件各訪問指導を受けることになったことについても、難色を示しながらとはいえ、いずれの場合も最終的には原告自らの意思によりこれを受けることを決めたものであること、本件各訪問指導の内容も、青山指導員及び中島指導員において原告に対し殊更に強制にわたるような指導等を行った形跡は全くないことが認められるのである。

以上の事実を総合すれば、市教委が本件一連の職務行為により実施した本件各訪問指導は相当であって、これを国賠法上違法と解する余地はないというべきである。

六  なお、原告は、指導員訪問指導を定める本件要綱が所定の要件、手続を経ずして市教委事務局に指導主事類似の「指導員」という官職を設け、指導主事類似の事務を分掌させる点で、地方教育行政の組織及び運営に関する法律一九条の規定を潜脱し違法である旨主張するが、本件要綱に基づく指導員訪問指導を行う指導員は、前記四の1、2において認定のとおり、指導主事類似の官職ないし職員ではなく、あくまでも市教委が実施する教師に対する職場内研修においての講師を務める教諭というべきであるから、原告の右主張は失当であるといわざるを得ない。

また、原告は、学校教育法二八条六項が教諭の職務として「児童の教育を司る」と定めていること、教育公務員特例法二〇条の二第四項が教諭が初任者研修において「指導及び助言」を行うと定めていること、さらに教育基本法一〇条が教育に対する不当な支配を禁止していること等を根拠に、教諭は明文の規定がなければ、「指導及び助言」をすることは一切許されない旨主張するが、このような考え方は、前に教員の研修権について判示したとおり、教育公務員の教育権を過度に強調するものといわざるを得ず採用できない。すなわち、教育の概念が多義的な点を措くとしても、教諭の職務を原告のいうように文字どおり「児童の教育」に限定して考えることは、研修をはじめ教育に付随する職務をすべて教諭の職務から除外することになりかねないのであって、学校教育法、教育公務員特例法、教育基本法等が教諭の職務をそのように限定的に規定したものと解することは到底できないところである。

七  以上の次第で、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田皓一 裁判官 立石健二 西理香)

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